「劣勢」はイノベーションを 生み出すチャンス

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「はやぶさ」を糧にし、宇宙技術をベースに民間企業との融合を

2010 年6 月13日、日本ばかりでなく世界中の多くの人たちに感動を与えた小惑星探査機初代「はやぶさ」の地球帰還は、いまだに記憶に新しいところである。その感動物語は劇映画になったほど。その成功に後押しされるようにして、「はやぶさ2」が2014 年12 月3日に打ち上げられた。「はやぶさ2」はちょうど1年後の2015 年12月3 日に地球スイングバイという方法で、目的地である小惑星「Ryugu(りゅうぐう)」へ進路を変更・加速し、新たな成果に挑戦しようとしている。こうした「はやぶさ」、「はやぶさ2」をはじめとする日本の宇宙研究・開発事業を支える実施機関が宇宙航空研究開発機構(JAXA)である。今回の「巻頭対談」は、「はやぶさ」の中枢技術の一つともいえるイオンエンジンを開発されたJAXA 宇宙科学研究所 宇宙飛翔工学研究系教授の國中均(宇宙探査イノベーションハブ ハブ長)氏をゲストにお迎えし、宇宙研究開発を中心に、貴重なお話を伺った。

  • ゲスト(左)
    国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所
    宇宙飛翔工学研究系 教授 宇宙探査イノベーションハブ ハブ長
    國中 均 氏
  • 聞き手
    株式会社アルバック
    代表取締役執行役員社長
    小日向 久治

*本稿では製品名等の登録商標の表記は割愛しています。

はじめに

はやぶさ帰還
2010 年6 月13 日、火球となって地球に帰還する初代「はやぶさ」 (写真提供:JAXA)

無人探査機による惑星探査技術は次のように段階的に発展を遂げてきている。
観測目的の天体近くを通過しながら観測する「フライバイ」、目的の天体に接近、速度を合わせながら同じ軌道を航行して観測する「ランデブー」、目的の天体の地表に直接降り観測する「着陸」、そして、目的の天体の物質を地球に持ち帰って分析する「サンプルリターン」である。
「はやぶさ」は、幾多のトラブルを乗り越えて地球に帰還したことで世界中の人たちに感動を与え注目を浴びた。小惑星探査技術という意義から評価すると、最も難易度の高い小惑星からのサンプルリターンを世界で初めて成し遂げたのである。その「はやぶさ」が長期間にわたって宇宙の中を航行し、最終的には地球帰還を果たすことができたのはイオンエンジンによるところが大きいという。
また、「はやぶさ」のように、幾多の小惑星のサンプルを持ち帰ることは、「生命の起源」「宇宙の構成」「太陽系の起源」など、人類をはじめ地球上のあらゆる自然や生命にとって、未知への知見が解き明かされるという、まさに宇宙研究開発の目的に適うものである。

個々の担当者に最高の能力を発揮させ、期限までに決めることがプロジェクトマネージャの仕事

小日向:「はやぶさ」は広範囲な専門技術の結集したプロジェクトです。多岐にわたる技術が統合されている関係で、その中には必ずしも先生の専門ではない分野も多くあると思います。このようなプロジェクトのマネージャとしてチームを率いたうえで心がけたことをお教えください。

國中:確かに、分からないことばかりです(笑)。
心がけていることは、まず全てに精通したスーパーマンはいないし、自分はスーパーマンではないということ。だから現場の人たちの裁量を最大限尊重するようにしました。専門知識をもった個々の担当者が自ら最高の能力を発揮できる環境を作るため、現場の意見に耳を傾けました。

小日向:私は、アルバックの社長を引き受けた時、社員に元気がなく、活性化の必要性を感じて、社員の自主性を引き出すために権限委譲を進めました。今回、國中先生のリーダーとしての心得が、「担当者の個々の能力を最大限に引き出すこと」ということを知り、大変意を強くしました。 ところで、プロジェクトマネージャとなると短い期間に多くの事柄を決めていかなければならないですね。

國中:「はやぶさ2」のプロジェクトは期間が決められている仕事で、仕事の山場では多くの課題が山積し、何しろ決断しないと何も前に進まないので、プロジェクトマネージャの私としては『決める』というのが毎日の仕事でした。会社経営に通じるものがあると思います。経営者は長期にわたってその都度判断していかないといけないですね。たくさんのリソース、つまり時間や人・予算、全てのパラメータを全部しらみつぶしに検討して、一番いいものを選ぶのでしょう。
しかし、今回は、打ち上げが2014 年12 月と決まっていたので、そこまでに合格点のものをつくり出さないといけない。そうすると、たくさんの候補の中からせいぜい一つか二つを選んで、そこに全ての資源を投下して、少ないコスト、短い時間で解決しないといけない。その結果責任を現場の人たちには負わせられないので、最終的に判断して決定するのが私の仕事だと思いました。その面で、常に緊張して仕事をしていました。

Ryugu x はやぶさ
小惑星「Ryugu」接近中の「はやぶさ2」 (写真提供:JAXA /池下章裕氏)

小日向:会社でも、経理、財務、開発など、それぞれに優れた専門家がたくさんいる。そういった人たちが一生懸命考えた末、最後の最後で、どちらか迷ったときに社長が判断すればいい、それ以外は任せておけば概ね心配ないと思っています。
先生も大変多くのステークホルダーがいらっしゃる中で、複雑な問題に最終的な判断を下されるのは大変厳しく、苦しい立場で仕事をされていることが多いのだろうと思います。

國中:そうですね。「はやぶさ2」は、ロケットの打ち上げまでに3 年半しかなかったので、その間に多くのことを判断していきました。「はやぶさ2」は国から、希望通りの予算を獲得するのが難しかった。特に当時は、科学技術振興には厳しい時代だったものですから大変でした。とにかくゆっくりはやっていられなかった。
私は初代「はやぶさ」のときは純粋にエンジニアとして仕事をしていたのですが、「はやぶさ2」では経営的な仕事を請け負うことになってしまいました。

初代「はやぶさ」はS型小惑星、「はやぶさ2」はC型小惑星を探査

はやぶさ帰還2
「イトカワ」の微粒子は帰還カプセルに入れられ、オーストラリアの 大地に無事到着した。     (写真提供:JAXA)

小日向:前回の「はやぶさ」がめざしたのは「イトカワ」、そして今宇宙を飛行している「はやぶさ2」がめざしているのは小惑星「Ryugu」ですね。これらの目標というのは、どのように決められたのですか。

國中:小惑星には複数種類があります。地球のそばには主にS型とC型の2 種類です。S型はケイ酸鉄やケイ酸マグネシウムなどの物質を主成分とするstone の「S」、つまり石質小惑星、C型は有機物や水も含んでいるcarbone の「C」、炭素質小惑星です。初代「はやぶさ」が到達した「イトカワ」はS 型の小惑星で、今度はC 型です。
初代のときは、小惑星往復探査が日本の実力でできるかどうかを証明するのがミッションだったので、小惑星であれば何でもよかったのです。地球から行きやすい小惑星はほとんどがS 型だったので、結果としてS 型になりました。しかし今度は、C 型に行くことがミッションです。実は地球の近くで行けそうなC 型というのは大変珍しくて、そのうちの一つが「Ryugu」と命名した小惑星です。他の炭素質小惑星はアメリカとヨーロッパが計画を立てています。

小日向:それはいつ頃決められたのですか。

國中:プロジェクト着手は2011 年です。

齋藤:初代「はやぶさ」が到着した1 年後ですね。

國中:小惑星を探す作業も世界中で行われていて、新しい小惑星が見つかると、それが何型かをすぐに分析されます。見つかったばかりで分析されていない小惑星は、JAXA 自身が費用を出して天文台に観測してもらいます。今回のプロジェクトのために10 年前からC 型小惑星はずっと探していました。

表1 小惑星「Ryugu」と「イトカワ」の特徴
Ryugu イトカワ
発見日 1995年5月10日 1998 年9 月26 日
大きさ、形 直径約900m、ほぼ球形 535m×294m×209m、ラッコ型
自転周期 約7 時間38 分 約12 時間8 分
公転周期 約1.3年 約1.52 年
軌道半径 約1 億8000 万km 約1 億9800 万km
光の反射率 およそ0.05 平均0.25
黒っぽい 灰色(宇宙風化を受けていないところが、まわりよりも白っぽく見える)
スペクトルのタイプ C 型(鉱物のほかに、水や有機物が含まれていると推測されている) S 型(カンラン石、輝石、斜長石、トロイライト、テーナイト、クロマイトなどの鉱物)