「劣勢」はイノベーションを 生み出すチャンス

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初代の成功に後押しされ多くの注目を浴びる「はやぶさ2」

小日向:このような大きなプロジェクトでは、予算規模も相当大がかりでしょうが、多くの人が参加しているプロジェクト全体の成功には、求心力のある目標設定、ミッションであることが重要ですね。

國中:そう思います。今回のターゲットは非常に難しくて、挑戦的ですが、誰もが参加したいと思うような面白いミッションであるということは確かだと思います。
裏話ですが、衛星を乗せるロケットは順番取りなのです。ロケットの順番を取らないと衛星を上げることができない。これは我々にとって大きな関心事です。開発がトラブったりすると、その順番が入れ替わるわけです。初代「はやぶさ」のときは他のミッションが「はやぶさだったら譲ってもいいよ」と言ってくれました。それくらい魅力的なミッションだったのです。魅力的だということはみんなわかっていたけれど、成功するかどうかのイメージを持っていたのは、おそらく当時プロジェクトマネージャだった川口淳一郎先生だけだったのではないでしょうか。
初代「はやぶさ」は紆余曲折があったものの、2010 年に帰ってこれたので、小惑星を探査する目的・意義・価値が世界中に知れわたりました。そんな中で「はやぶさ2」も立ち上げるのは、いろいろ問題が山積するわけですけど、それを短い時間で突破できたのは初代の成功が、日本中・世界中で共有できていたので、あえて目的などの詳細を説明する必要は全くなくて、そこについては苦労しませんでした。

小日向:特にはやぶさは感激的な出来事でしたからね。逆に、初代「はやぶさ」ですごく名声が上がった後の二代目は、期待が大きいだけにやりづらかったのではないでしょうか。

國中:確かに大げさに言うと、衆目監視の中でやらないといけないような状況です(笑)。一挙手一投足、全部見られている。

小日向:一般の人たちにも関心事ですから、まさに国民の監視の目の中にありますね。しかし、先ほど研究開発の設備や事務所を見せていただきましたが、贅沢などしていないのは一目瞭然ですね(笑)。

國中:スペース・シミュレーション・チャンバー(以下、チャンバーという)は、初代「はやぶさ」のイオンエンジンの耐久試験のために専用にあつらえたものです。1、2 年の短い期間でつくったわけですが、その前の10 年間は、世界中のイオンエンジンの研究所を回って、イオンエンジンの耐久試験をするための専用チャンバーを見てきました。それだけ準備をしていましたので、すぐにでき上がりました。ちなみに超高真空にするためのクライオポンプはアルバック製のものです。

小日向:はい。先ほど実験室で確認いたしました。ご利用誠に有難うございます(笑)。

はやぶさ側面2
斜め下から見た「はやぶさ2」(写真提供:JAXA)
はやぶさ正面3
斜め上から見た「はやぶさ2」(写真提供:JAXA)
表2 小惑星探査機「はやぶさ2 」と初代「はやぶさ」の比較
はやぶさ2 初代はやぶさ
太陽電池バネルを除いた本体の大きさ 幅1m× 長さ1.6m× 高さ1.25m 幅1m× 長さ1.6m× 高さ1.1m
質量 約600kg(燃料込み) 510kg(燃料込み)
打ち上げ年月日 2014 年12 月3 日 2003 年5 月9 日
打ち上げロケット H- ⅡA ロケット26 号機 M-V ロケット5 号機
通信周波数帯 X バンド(7 〜8GHz)、Ka バンド(32GHz) X バンド(7 〜8GHz)
主な探査装置 近赤外分光器、中間赤外カメラ、光学航法カメラ、レーザ高度計、分離カメラ、衝突装置、サンプラーホーン、MINERVA- Ⅱ、MASCOT 近赤外分光器、蛍光X 線スペクトロメータ、マルチバンド、分光カメラ、レーザ高度計、サンプラーホーン、MINERVA
小惑星探査期間 約18 カ月間 約3 カ月間
石や砂の採取 表面2 回、地下1回 表面2 回
地球への帰還 2020 年11 月〜12 月(予定) 2010 年6 月13 日

スペースチャンバーが貢献したイオンエンジンの耐久試験

齋藤:宇宙というと、極低温の暗い空間と太陽からの強い輻射熱や放射線という大変過酷な空間を想像します。この過酷な宇宙環境で衛星を機能させるために、熱バランスなどはどのように対処されているのでしょうか。

國中:宇宙での熱管理は大変難しいことです。衛星内ではヒートパイプや熱伝導などを使い熱輸送しますが、最終的には赤外線に変換して大きな面積から外に逃がすわけです。半導体などの電子部品は温度が高くなると寿命が短くなり、あまりにも温度が上がり過ぎると壊れてしまいます。温度が高くなればなるほど、シュテファン=ボルツマンの法則で絶対温度の4乗に比例して熱が出ていくので排熱はしやすくなります。幸いイオンエンジンは、電子部品はほとんど使っていな
いので、高温で操作させてもあまり問題はありません。ただし磁石を使っているので、熱でパンクしないように高温対応の磁石を使っています。

齋藤:アルバックでは真空中でプロセスをする場合にマイクロ波を使いますが、衛星みたいに何日も何年間も、ずっと動かしていることはありません。衛星の場合は耐久性という面では大変苦労されたのではないでしょうか。

國中:初代「はやぶさ」は、とにかく耐久試験を徹底してやりました。そのためにチャンバーをあつらえたわけです。2年間の耐久試験を2 回やって、メンテナンスで休んだ以外は連続して試験運転を続けました。約5 年間かけて耐久試験をやりました。だからあのチャンバーが実力を発揮したのです。
我々の場合は特殊で、自分で考えて自分でつくって自分に納めて自分で使う。アルバックさんのようなメーカーは、設計して、製造して、使うのは自分たちではなくユーザーですから、もっと責任が重いものだと思います。我々も2 万時間という耐久試験をやり終えているので、まあまあ及第点のものができたと思っていて、自分自身を説得するためにも十分な耐久試験はできたかなと思っています。アルバックさんも自分が自信のないものは人様にお渡しできないですからね。