「劣勢」はイノベーションを 生み出すチャンス

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将来の姿を見せながら、若い子供たちに宇宙開発の魅力を示す

学生と
スペースチャンバーを背景にイオンエンジン開発に携わる学生たちと國中均氏(写真中央)

小日向:最近アルバックでは「未来技術研究所」をつくりました。これは10 年、20 年のタームで、どういったことを我々はできるのか、何をすべきかと、将来の成長の糧になるものを今から取り込もうという狙いをもったものです。先生の場合は、10 年、20年先を見据えて、いろいろなビジョンを描かれていらっしゃると思いますが、将来、こんなことが必要になるんじゃないかという閃きはどういうことで持たれるのですか。

國中:それは直近の仕事、3 年後、5 年後、10 年後の仕事といういろいろなスパンを考えながら。その過程で閃いたものは、20 年かかるかもしれないし、すぐにできるかもしれません。私の仕事には研究開発のほかに、大学院生を指導する教育の仕事があって、新入生にどういう研究課題をさせようかを常に考えていて、手元にある技術をより緻密に研究するということも含めて、アイデアや閃きからいつも見つけ出しています。

小日向:技術者に閃きをもってもらうためには、上の立場の人間はどんな環境で、どんなことをしてあげたらいいのでしょうか。

國中:その未来像を考える機会を与えないといけないと思います。たぶん、みなさん忙しいから、上司からこれをやれと言われたら、一週間後か二週間後に成果提出が迫ってくるので、常にそこしか考えなくなってしまう。そうではなくて、目の前の仕事は当然やらないといけないけれど、10 年後はどうなっているか、20 年後はどうなっているかをイメージさせて、考えさせることだと思うのです。
宇宙事業は、10 年あるいは20 年の長いスパンで仕事が進んで行かざるを得ない。そんな中で将来の研究者の予備軍でもある子どもたちに講演する機会がよくあるのですが、今JAXA が考えている10 年、20 年、30 年後の宇宙開発を視覚的な年表で見せるわけです。中高校生の君たちは10 年経ったら大学を卒業して就職している。さらに10 年経つと君たちはその組織の最前線で働いているはず。そのとき、こんな宇宙開発があるんだから、そういったところに貢献できる
ように、今から自分を磨かないといけない。宇宙開発がやりたいのであれば、今から準備していくことがあるはずだよ。というイメージをもってもらうようにいつも接しています。

小日向:なるほど、10 年、20 年先の姿を見せることで、若い技術者たちは自分たちなりに考えるということですね。

宇宙というキーワードで民間企業と共同で新技術創出

齋藤:「はやぶさ2」のプロジェクトマネージャを経て、今はどのようなことをされているのですか。

國中:今は「宇宙探査イノベーションハブ」という部署を立ち上げて、科学振興機構(JST)から支援を得て活動を行っています。主に、民間企業と共同で技術開発研究をする事業を担当しています。それは第一義には、民間企業の営利活動に資する技術開発をすることです。もちろん、JAXA の事業ですから宇宙でも使えるものを選んで共同で技術開発をします。

齋藤:アレンジがたいへんでしょうね。

國中:事業目的に適った案件を探さなければならない。おかげさまでJAXA は国立研究開発法人としていい成績をあげていると思います。政府の意向としては、JAXA の宇宙開発で培ってきたスキームや経験・知見・設備を民間企業に提供しなさいということだと思うのです。
数十年前は、頻繁にイノベーションが起きてどんどん変わっていきましたが、今は世界を見回しても飽和状態で、新しいイノベーションはなかなか出てくる環境にないと思います。
古い慣習や固いアタマで考えていると、新しいイノベーションなんて出てきません。逆に民間企業への声掛けとして、宇宙というキーワードで考えてもらえば、新しいアイデアが出てくる可能性があります。そういうふうに考えたときに、突拍子もないものができて、企業の事業に活用できるものが生まれる、という逆の発想を一緒にしようという問いかけなのです。

小日向:真剣に、宇宙とアルバックの事業を結びつけてアイデアを出せば、先生のところで採用されるかも知れませんね。

國中:ぜひ宇宙探査イノベーションハブに提案してください。
みなさんのビジネスモデルに乗るような提案をしていただき、それがJAXA の考える宇宙の未来に適合するものであれば、採用されますよ。

齋藤:衛星は宇宙の真空空間に浮かべるものですが、アルバックは地球上で真空をつくって、いろいろな技術を提供しています。今すぐには思いつきませんが、ぜひ我々も提案させていただければと思います。

次の夢は木星重力を利用してさらに遠くの惑星探査を

小日向:最後に先生の将来の夢をお聞かせください。

國中:やっぱり宇宙開発の分野ですが、目指すところは木星です。木星は太陽系の中で一番大きな天体ですから重力が強い、いわゆる重力スイングバイ、木星スイングバイというマヌーバーをかけることができるんです。アメリカは土星や冥王星に「ボイジャー」などの探査機を送っていますが、木星より遠くに行くものは全て木星を経由して、木星の重力を利用してより強力な重力スイングバイをしています。太陽系の中でさらに遠くに行こうとすると、木星経由は必ず必要になるのです。日本の技術で木星に到達できることは、その次のチャンスを開くのです。木星への航路を独自に開拓することは、中世の大航海時代に発見された喜望峰みたいにその先が広がる。

小日向:そうすると、さらに性能アップしたイオンエンジンも必要になりますね。

國中:もっと燃費のいいイオンエンジンをつくらないといけなくなる。そういった研究開発もすでに始めています。イオンエンジンもそうですが、木星に到達するための新たな技術も着々と準備しています。

小日向:それは何年後くらいに可能なのでしょうか。

國中:これは予算がつくかどうかですが、2020 年台には実現させたいですね。

小日向:東京オリンピック・パラリンピックの年には、「はやぶさ2」も戻ってきて、次の木星ミッションができたら最高ですね。

國中:その辺りになるとさすがに私も現役ではなくなる(笑)。
今はいかに若い子供たちを宇宙活動に誘導するかですね。それが私のもう一つの仕事です。宇宙事業は子供の頃から育てていかないと後継者は生まれません。

小日向:まさに宇宙規模の夢のあるビジョンですね。ぜひ頑張って木星を目指していただきたいと思います。本日はお忙しい中、貴重な時間をいただきありがとうございました。


國中教授国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所

宇宙飛翔工学研究系 教授 宇宙探査イノベーションハブ ハブ長
國中 均(くになか ひとし)氏プロフィール
1960年生まれ。1983年京都大学工学部卒、1988年東京大学大学院 博士(工学)取得。1988年宇宙科学研究所着任、2005年宇宙科学研究所教授。東京
大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻を兼務。2011年 月・惑星探査プログラムグループディレクタ、2012年はやぶさ2プロジェクトマネージャ、2015年宇宙探査イノベーションハブ ハブ長就任、現在に至る。
【受賞歴】
2004年 「マイクロ波放電式イオンエンジン」:日本航空宇宙学会技術賞受賞
2006年 Space Pioneer Award to Hayabusa Project Team, National Space Society
2007年 「はやぶさ小惑星探査」:日本航空宇宙学会技術賞受賞
「イオンエンジン」:米国航空宇宙学会(AIAA) 最優秀論文賞受賞
「イオンエンジン」:電気ロケット推進学会(ERPS) 最優秀論文賞受賞
2010年 「イオンエンジン」:米国航空宇宙学会(AIAA) 技術達成賞受賞
はやぶさプロジェクト:第58回菊池寛賞
はやぶさプロジェクト:朝日賞
「小惑星探査機はやぶさの地球・小惑星間往復航行と地球帰還技術の確立」:文部科学大臣特別賞
2011年 Von Braun Award to Hayabusa Project Team、National Space Society
2011年 Laurels for Team Achievement HAYABUSA, International Academy of Astronautics
2012年 米国航空宇宙学会フェロー( AIAA Fellow )会員授与
International SpaceOps Award for Outstanding Achievement to Hayabusa
Operations Team, SpaceOps Organization
2013年 Electric Rocket Propulsion Society Stulinger Medal

Jaxa相模原
JAXA 相模原キャンパス(写真提供:JAXA)

概要(2015 年4 月1 日時点)
国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構
所在地:東京都調布市深大寺東町七丁目44 番地1
設  立:2003 年10 月1 日
予  算:1541 億円
人  数:職員数1527 人(2015 年4 月1 日時点)
理事長:奥村直樹
前  身:宇宙科学研究所 (ISAS)
     航空宇宙技術研究所 (NAL)
     宇宙開発事業団 (NASDA)
 主な拠点:調布(本社)、相模原(キャンパス)、つくば・種子島・角田(宇宙センター)など
 あらまし:国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構は、日本の航空宇宙開発政策を担う研究・開発機関である。内閣府・総務省・文部科学省・経済産業省が共同して所管する国立研究開発法人で、同法人格の組織では最大規模である。2003 年10 月1 日付けで日本の航空宇宙3 機関、文部科学省宇宙科学研究所 (ISAS)・独立行政法人航空宇宙技術研究所 (NAL)・特殊法人宇宙開発事業団 (NASDA)が統合されて発足した。本社は東京都調布市(旧・航空宇宙技術研究所)。