生産技術による安定供給で 世界トップシェア獲得

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責任転嫁をしない風通しのよい職場環境づくり

齋藤:権限委譲ができるのも社員のスキルの問題が大きいように思います。その教育などはどのようなことをされているのですか。
酒井:ビジネスというのは場面ごとにお客様の登場人物が異なります。ある時は技術者が登場し、ある時はセールスエンジニア、ある時はコスト管理者などさまざまです。そういうお客様に対応できるかどうかは、スタッフ同士のコミュニケーションの風通しの良さが決め手だと思います。
さまざまな部署の担当者が同じフロアにいて、気軽に確認しあえるというのが私の部署の文化です。絶対に個室に分けない。ですから、皆の予定を確認しあっての会議は設けません。知りたいこと、確認したいことがあれば、その場ですれば良いという考えです。仕事をする上で必要な情報量をお互いに多くもてば、上の人とか下の人とか関係なしに物事が早く進むというのが私の持論です。それと大事なことは絶対に責任転嫁をしないこと。犯人捜しをすると社員は萎縮してしまい、組織は決して良くなりません。これは管理する側が最も気を遣わなければならないことです。
小日向:これは、ムラタさんの文化ですか? それとも酒井さんの部署特有の話ですか。
酒井:そうです。私の部署の話です。これが全社でしたら今頃1兆円どころか10 兆円企業になっていますよ。(笑)

大量受注も独自の生産技術で対応

齋藤:シェア拡大のためには、大手のお客様のニーズをいかに早くキャッチするかが重要だと思いますが、その面ではどのようなことをされていますか。
酒井:お客様が欲しがっているものを早く引き出すことに尽きると思います。それを早く納入すると値段は多少度外視されるという優位なこともあります。「遅い」というのは悪だと思います。どんなに素晴らしいものであっても遅いと見向きもされません。とくにモジュール関係では世代交代が激しいですから、二社購買あるいは三社購買が頻繁に行われます。だからいつも一番にならなアカン ということです。
齋藤:お客様が何を必要としているのかを、役職の上下でなく技術がわかる、中身がわかる担当者を行かせてニーズを早く拾わせるということですね。
酒井:その通りです。
携帯電話が出始めたころですが、モトローラーから始まり、ソニー、ノキア、サムソン、および多くの日本国内のメーカーも参戦し、群雄割拠の状況でした。通常、新しい製品は最初寡占的にはじまり、マーケットの広がりによって多くの企業が参入してきて群雄割拠の様相を呈していきます。そうなると一社当たりからの発注量も分散されますので、大きな生産力をかけずとも対応できるわけです。ところが携帯電話機市場は年々拡大しているのに対し、メーカー数は寡占化状態。
携帯電話機市場は通常の製品に対する流れと逆行しています。
そうすると1社当たりからの発注量は半端な数ではありません。通常の生産体制では対応できる数ではないのです。そこにムラタの製造力と生産技術力がマッチングしていったのでしょう。また、内部留保もありましたので一気に生産設備を導入することができました。その経営的な判断も正しかったと思います。
小日向:製品をタイムリーに誰よりも早く出すことができ、それと同時にメインの供給企業として安定的にお客様に供給できたのですね。
酒井:群雄割拠が行われていたら、発注量も細分化されますから当社はここまで伸びなかったかも知れません。寡占化したからムラタの本領発揮となったのかも知れません。社員の我々が「うち、こんなに底力あったの、うち、すごいんや」と驚いたくらいですから。(笑)

徹底した標準化で多品種少量生産を貫く

小日向:スマートフォンのモジュールのライフサイクルはどれくらいなのですか。
酒井:18 カ月といわれています。
小日向:そのために製造設備も頻繁に変えているのですか。
酒井:それは標準化を図り、できる限り設備を変えないようにしています。半導体などの前工程の設備は変えませんが、後工程のパッケージングではお客様の仕様にあわせ変える場合があります。
齋藤:いま酒井さんは「標準化」とおっしゃられましたが、アルバックはお客様の仕様にあわせてカスタマイズすることが多く、標準化は苦手です。ぜひとも標準化の考え方をお聞かせください。
酒井:手前味噌ですが、実は私は標準化の社内講演も行っています。
私がモジュールをはじめた頃は標準化を否定していたほうだったのですよ。ある時、私のモジュール担当の上司からよく怒られました。「お前らが新しい技術を出すたびに工場が混乱し生産性が落ちる。工場の生産性を良くするにはお前らが何もしないことだ」とまで言われました。そう言われていた私がいまでは標準化を標榜しています。
なぜ私が変わったかというと、大失敗したことがあったからです。元々モジュールはいろいろな種類があり、多品種少量生産でやっていました。ところが、携帯電話機メーカーの寡占化が進み、ある大手メーカーから大量の注文が入ってきたことがありました。大量生産というのは生産技術者にとって大変達成感のある仕事です。
その時「モジュールは多品種少量生産というけど、携帯電話向けのモジュールでも大量生産でいけるんや」と思い込んで、専用の量産ラインをつくったわけです。ところが短期間のうちに高機能化で基板の形状は変わり、デバイスも大きく様変わりしました。せっかくの専用ラインは不要の設備になってしまいました。このように私は設備を捨てたという苦い経験があったのです。その時の教訓として「多品種少量を絶対に捨てたらアカン 」と。それで標準化をした設備でも、極力変えないで多品種の生産をやろうと思うようになりました。
小日向:一歩も二歩もリードしているムラタさんだから先を見越した標準化ができるんですね。後追いになってしまうと標準化より製品を出すことが優先されてしまいます。
酒井:寡占化が進んで大量生産に向かう時代になっても、多品種少量生産のスキームは維持すべきだと思っています。それは、コア部分の標準化を維持したまま周辺技術で多様化や変化に対応するということです。ですから設備は4 ~ 5 年まで待って、その時に大きく変えます。それまでは我慢です。