生産技術による安定供給で 世界トップシェア獲得

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「遊び人、金さん」を設けて、自由な発想でシーズ探しを

齋藤:お客様からの要求に応えるための、すぐに成果が上がるような1年、2年という短期の開発だけでなく、5 年、10年後の商品化を見据えた長期的な開発も仕込んでおかないといけないと思いますが、ムラタさんはどのようにされていますか。
酒井:イノベーションを狙うような開発はたしかに思うように成果がでるものではありません。私の部署の場合は部内に「遊び人、金さん」というチームを設けています。別に「金さん」でも「銀さん」でも呼び方は何でも良いのですが、例えば、100 人の部隊だったら5 人くらいを選抜します。この人達には、仕掛かっているテーマを誰かに譲って、完全にフリーになってもらって、自由に時間を使って新しいことに取り組んでもらう。自分で考えて何をしてもいい、それによって評価を下げることもしない、という条件です。ただし、少しのヒントは与えます。それで彼らの報告が出てくるまでずっと待っているだけで何も強制しません。
通常業務をしながら抜本的な改革をしようとしてもムリだと思います。さらに近年ではスピードが重視されていますから直近の成果しか考えられません。私はあえてそういう部隊をつくって自由にやらせています。思い切って遊ばせるくらいの部隊をつくらないと革新的な開発はできないでしょう。
小日向:これは心強いお言葉をいただきました。アルバックではいま8つのテーマを掲げて開発にあたらせています。これは3 年をめどにした計画ですが、これだけでは不十分で、「未来領域プロジェクト」みたいなものをつくって、「10 年くらい先までを目標とする開発部隊も必要だね」と齋藤と話しあっている最中です。10 年先を見据え、テーマも含めて自由に考えてもらう。
酒井:それはいいことですね。そのときに大事なことは誰を選ぶかですね。私の経験ではまじめな人より、あまり組織にはまらない人がいいですね。常識にとらわれない人、それと一発当てたいという人。(笑)
「おれは普通のことやりたくないねん」という人が良いですね。そういう人を管理者は見極めないといけませんね。一方で、管理をする必要はないけれども、プレッシャーをかけずにチェックはしないといけません。野放しにしておいたら大変なことになります。いずれにしましても未来のことは誰にもわからないのですから、自由に任せるしかないと思います。
小日向:さっそく参考にさせていただきます。

モジュール事業拡大の要因は「No」を言わないことと「スピード対応」

齋藤:ある雑誌に掲載された資料によりますと、スマートフォンに使われている部品で、ムラタさんの製品は、Wi-Fi モジュール60%、積層セラミックコンデンサー35%、SAWフィルター40%というように、圧倒的に高いシェアを獲得されています。このほかにもトップシェア製品を多くお持ちですが、その押さえどころというか、秘訣をお教えください。
酒井:材料関係で当社は良い材料を他社よりも早く持ったことです。積層コンデンサーではチタン酸バリウム(BaTiO3)という良質の誘電体材料をもっていたこと、圧電においてもチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)をもっていたことです。それを常に迅速に安定して供給したことです。
モジュールの場合は材料とは異なりますので、モジュールのことを少しご紹介します。
一つはお客様に対して「No」を言わないということです。これは社内批判もだいぶありました。「No」を言わないということは危ないことも潜んでいるからです。つまり、お客様の言いなりになる危険性もありますので、そのバランスが難しいですね。
もう一つは、先ほどもお話しましたように、携帯電話の場合、以前は今ほどのモジュール化が進んでいませんでした。
ところがスマートフォンが多機能・高機能になってきて、ディスクリートではいちいち対応できなくなってきた。お客様の方から「何とかしてくれ」というタイミングで、即座にモジュール対応していった積み重ねが、モジュール事業が拡大していった要因だと思います。結局はスピードだったのです。

スピード対応の秘訣は社員への権限委譲

小日向:ムラタさんのそのスピード対応はどこから生まれてきたのでしょうか。
酒井:組織的に権限移譲が行われていたという企業体質にもあったと思います。部長とか課長ではなく、お客様の前で係長、主任というポストの人たちが重要な案件を決めることがあります。
例えば、当社では、北欧の大手携帯電話機メーカーが相手であっても、打ち合わせには技術の一番分かる人が出向きます。客先が超大手企業ですから、こちらから役員や部長など、それなりのポストの人たちが出向くのが普通だと思いますが、英語も流暢にできない一技術者が出向くのです。
そうしましたら先方の技術者に逆に大変喜ばれました。要するに形式を重んずるのではなく、個人の技量を重視してくれます。「こんな地球の反対側までたった一人で来たの⁉技術のことについて十分ディスカッションしようや」というわけです。
当社は世界の大手企業であろうと重要な案件であっても、本当に製品のことをよくわかっている人が出向きます。上司がいないところでも、重要案件が決められていきます。それがスピードの根源だと思います。一方、上の管理者も「おれは聞いていない、報告を受けていない」ということは一切言いません。そういう風通しの良い社風なのでしょう。
小日向:英語ができたほうが良いには違いありませんが、技術者とのコミュニケーションは如何に技術を知っているか、がポイントです。相手は「理解しないと損だから」ということで、先方からお話される機会が増えるのですね。
酒井:それを組織の上下関係、つまりヒエラルキーで通り抜けるのではなく、完全に個人がお客様と向かいあって、親身になって対応しています。これは一方で危ういことです。上司抜きで重要な案件が決まってしまいますから。
しかし、考えてみると技術のわからない管理者が乗り込んでいっても即決できずに持ち帰えるわけですから、時間的にロスですね。
小日向:私も企業の活性化は権限移譲だと思っています。当社も早くそういう体質に持っていきたいのですが、酒井さんに比べると、まだまだ私自身の肝が据わっていませんね。