極大(宇宙)の世界を知るには 極微(素粒子)の世界を知ること

画期的機能を有するILCのしくみ

ILCはアジア、アメリカ、ヨーロッパ各国の研究者が連携・協力して計画を進めている国際的な素粒子研究プロジェクトでもある。その誘致場所は日本が最有力国となっており、九州あるいは東北の山岳地帯が建設候補地として名乗りをあげている。
2012年にLHCによってヒッグス粒子が発見された今、研究テーマの次へのステップとして高機能加速器「ILC」にかかる期待は大きい。

佐伯:私は1996年から6年間CERNで研究活動を行なっていました。現在LHC加速器が設置されているトンネル内には、その当時、電子・陽電子衝突型加速器(LEP)が設置されており、電子・陽電子衝突実験のために稼働していました。私は、このLEP加速器で、Wボソンという素粒子の対生成現象について研究をしていました。その後、CERNでは、LEP加速器を改装してLHC加速器へと移行していくのですが、私は2003年頃から日本に帰ってILC計画の実現について真剣に取り組むようになりました。LHC加速器が完成してヒッグス粒子が発見されたとしても、暗黒物質や暗黒エネルギーの問題は完全には解決されず、必ずその次の加速器が必要になると考えたからです。
ILC加速器では、電子(あるいは陽電子)を何段にも加速してエネルギーをあげていくため、膨大な消費電力を伴います。このため、加速部分である加速空洞ユニットに超伝導技術を採用し、加速するための強い電流を効率よく使うことができるようにしています。超伝導加速ユニットを液体ヘリウムで冷却し、全体を大きな魔法瓶ともいえるクライオモジュールに入れて断熱しています。これが現在の私の専門分野です。(【図5、図6、図7】参照)
超伝導加速空洞ユニットには、超伝導材料でありレアメタルであるニオブ材を使用します。現在では、ニオブ以外にも一般に高温超伝導体と呼ばれる優秀な超伝導材料がありますが、これらのほとんどがセラミック(いわゆる陶器)状の素材であるため、このユニットのように複雑な曲線形の芋虫型に加工することができません。これが超伝導純金属であるニオブ材を使用する理由です。しかし、レアメタルであるニオブ材は高価なので、もし銅材で形を成形しておいて内面にニオブ膜を生成できれば劇的なコストダウンとなります。また、高温超伝導材料を薄膜にして内面に貼り付けることができれば、加工性の問題を回避しつつ高い超伝導性能が得られます。つまり、液体窒素温度で稼働する超伝導加速器が実現できる可能性もあります。このような先端薄膜技術は、超伝導加速器の飛躍的な小型化とコストダウンにつながるでしょう。これらについてはアルバックさんとKEKとの共同研究で開発に取り組んでいこうと考えています。(コラム記事参照)
また、ILCの加速には交流の電磁場を使用します。交流では電磁場の向きが一方向ではないため、電子(あるいは陽電子)を加速するために、【図10】のような仕組みを採用しています。技術的には直流が扱いやすいのですが、直流で高速に加速するためには電圧を高くしなければなりません。そうすると加速器でスパーク、すなわち雷現象が起こって装置が壊れてしまいます。
交流を図のように使うことによって、電圧を上げなくても放電現象を回避し、加速できるのです。

図10 直進のしくみ(KEK提供資料を基に作成)

科学立国日本が果たすILC計画実現の意義と使命

ILC加速器で行う研究は「宇宙の始まりってどうなっているの」、「その先はどうなっているの」、という子供から大人まで誰もが抱く純粋な疑問を解決することである。また、佐伯准教授は「ILCの設置によって、ILCから創り出されるものは直接的、即効的な利益を生み出すわけではありません(笑)」とも断言される。

佐伯:しかし、何年か経って必ず人類にとって、科学文明の進歩に多大な貢献をすることは間違いありません。そういう確信はもっています。
世界の素粒子研究者同士は、実にオープンに国境を越えて研究成果を共有し、お互いに切磋琢磨して、宇宙あるいは生命の起源という大きな謎に地道な研究を続けています。
ILC計画を実現するには莫大な費用がかかります。国民と日本政府のILCへの深い理解と後押しがなければ実現できません。
また、ILCによって画期的な成果がもたらされると思われますが、それですべてが完結するわけではありません。科学分野は、暗黒物質や暗黒エネルギーのように、知れば知るほど新しい未知の研究領域が現れます。まさに到達点が新たな出発点となるのです。ILCの次の加速器もやがて必要となることでしょう。
私は現在ILC計画の実現に全精力を費やしていると言っても過言ではありません。ILCは、今の小学生や中学生をはじめとする将来の科学研究者たちのためになること、また日本の科学分野発展の礎となることを信じています。

【コラム】科学の進展を目指した強力タッグ!
株式会社アルバック 未来技術研究所 先進材料研究室長 永田 智啓

超伝導加速空洞ユニットのモデルを前に佐伯先生(左)と私

佐伯学行先生とは、2012年度に私が高エネルギー加速器研究機構(KEK)に出向した際に一緒に仕事をさせていただいたことがあり、夜遅くまで測定器を組み上げたり深く議論して学んだことは今でも活かされています。
ここで得た経験・人脈を経て、私のグループでは、現在、KEKと3つのテーマについて共同研究・協力研究を進めており、その中の一つとして、佐伯先生と「超伝導薄膜加速空洞」と呼ばれる加速器の部材に関する共同研究を2016年度からスタートさせました。このテーマは、薄膜の超伝導体を利用することで加速器の性能を大幅に向上させられるという理論実証と事業化が目的であり、KEKの超伝導や加速器の知見とアルバックの薄膜技術といったそれぞれの長所を活かすことのできるテーマです。
この分野における薄膜技術は近年注目され始めたばかりで、佐伯先生との共同研究を通じてアルバックの技術力の高さを示す絶好のステージと捉えています。現在、基礎検証を進めている段階ですが一つひとつ壁を乗り越えて事業化達成に向けて邁進したいと思います。

ニオブ超伝導加速空洞の開発の記事はこちら