素粒子物理研究に必要不可欠な加速器
微小の世界を観測する道具として一般によく知られているのが顕微鏡である。しかし、分子の大きさである1億分の1cmという極微の世界を観測するには顕微鏡では理論的に観測不可能である。それができるのが加速器なのだ。
佐伯:19世紀の終わり頃、原子の中に電子があることは判っていましたが、1911年にラザフォードが原子の内部構造を見ようと、放射性元素から出るα線を原子にぶつけて、その反射と貫通の割合を観測しました。その結果、中心にプラス電荷のかたまりがあって、その周りにマイナス電荷の何かが飛んでいることがわかった。その「プラス電荷のかたまり」が原子核であり、「マイナス電荷の何か」が電子でした。
このときの「原子にα線をぶつけた」こと、これが加速器の始まりでした。今もその原理は変わりません。加速器のことを英語ではコライダー(Collider)と言い、衝突させるという意味があります。もっと細かく、詳しく原子核の中をみるには、もっと高いエネルギーで加速して衝突させなければならないことが判ってきました。
当初、原子は、電子、陽子、中性子から構成されるものと思われていましたが、その後、宇宙観測技術や加速器実験技術の発達とともに、1964年、陽子や中性子の中にさらに微細の「クォーク」という素粒子の存在が予言され、1969年、「クォーク」の存在がアメリカの加速器実験で証明されました。1973年「小林・益川理論」により、素粒子はアップとダウン、2つのクォークだけではなく、全部で6種類あると予言され、前述の通りKEKの加速器によってその理論が証明されました。さらに電子の仲間であるレプトンなど、物質の根源とされる多くの素粒子が次々に発見されましたが、現在では「これで終わり」というわけにはいかなくなっています。
つまり、我々のなじみある水素などの物質に関わる素粒子は宇宙全体の4%しかなく、正体不明の暗黒物質が23%、暗黒エネルギーが何と73%を占めるということが明らかになってきたからです。未知の暗黒物質や暗黒エネルギーの研究は、宇宙の始まりと進化に密接につながるものとされ、同時にその解明が新しい加速器への期待として高まっています。(【図2、図3】参照)
素粒子が介在する4つの力:「電磁気力」「強い力」「弱い力」「重力」
地球、太陽系、宇宙を含むすべての自然界には物質と物質の間に基本的な4つの力である「電磁気力」「強い力」「弱い力」「重力」が働いているとされる。この4つの力には素粒子が媒介すると考えられている。
佐伯:「電磁気力」は雷や磁石などわれわれに最もなじみある力です。電荷をもつ素粒子同士に働いており、それは「フォトン」という素粒子が伝えています。
「弱い力」と「強い力」はいずれも原子核内の陽子や中性子の間で働いている力です。「強い力」は、クォークが原子核内に陽子や中性子をまとめている力です。原子核の陽子はプラスの電荷をもっていて、普通に考えると反発しあってバラバラになってしまいますがバラバラにならないのは、「強い力」でグルーオンという素粒子が陽子を結びつけているからです。(【図3】参照)
「弱い力」は、クォークやレプトンに作用し、原子核の崩壊現象を引き起こす力です。これはZ(W)ボソンという素粒子によって伝えられます。太陽が燃え続けているのもこの「弱い力」によるものです。
重力は不思議なものです。「重力」については何も分かっていないというのが現状です。プラスとマイナスがなく、反発する力もなく、引っ張っている力のみです。それにとても弱い力なのです。どれくらい弱いかというと、下敷きで静電気を起こして髪の毛に近づけると、髪の毛が逆立ちますが、これは地球という巨大な質量が髪の毛を重力で引っ張る力より、小さな下敷きに貯まった静電気が電気力で引っ張る力の方が強いことを示しています。
「重力(質量)」に関係すると言われるヒッグス粒子は1964年に予言されましたが、2012年になってようやく最新の加速器でみつかりました。これは各素粒子が持つ固有の質量を作り出すメカニズムの元となる粒子とされます。
ビッグバン解明に期待される線形加速器「ILC」
加速器は、粒子と粒子を衝突させて、その1点で起こった現象を観測する実験装置である。それは一見、宇宙とは無関係のように思えるが、実は極微の1点で起きた現象を観測することで宇宙の始まりや生命の謎の手がかりが得られる。つまり極大の宇宙を知るということは、極微の素粒子を研究することなのである。
現在、世界最高性能とされる加速器は、2008年に完成したスイス・ジュネーブの欧州合同原子核研究機構(以下、CERN)に設置されている「大型ハドロン衝突型加速器(以下、LHC)」という加速器で、周回り約27km、山手線の一周に相当する巨大な円形型の加速器だ。ちなみにヒッグス粒子の観測に成功したのはCERNのこの加速器であった。(【図9】参照
佐伯:LHCは、2本の陽子ビームをそれぞれ逆回りに加速して、何周も加速させながらエネルギーを高めて行き、粒子を衝突させます。
しかし陽子は、クォークが3個集まった「混ざり物粒子」ともいえるものです。衝突させた結果の分析は複雑となり、誤りが生じやすくなります。さらに円形加速器は、光速近くまで加速させると、粒子は光を放って放電し、多くのエネルギーが失われてしまいます。
これらの問題を解決するには混ざり物のない電子と陽電子(電子の反物質)を用い、それらを衝突させること、またより高いエネルギーで衝突させることが求められる。そこで提案されたのが線形加速器「ILC」なのである。(【図4、図8】参照)
佐伯:ILCはこの内部で「ビッグバン」をおこし、宇宙の謎を解き明かす巨大な実験装置とも言えるものです。線形の加速器は、周回リングで何度も加速できる円形加速器とは異なり、1回きりのまさに一発勝負です。この欠点を補うには、衝突の確率をできるだけ高める必要があります。そのため、電子や陽電子の集団を収束させて高密度のビームにする必要がありますが、この機能は【図4】に示した「ダンピングリング」と「最終収束系」に設けられています。