極大(宇宙)の世界を知るには 極微(素粒子)の世界を知ること

宇宙の誕生と生命の謎の解明が期待される国際リニアコライダー(ILC)

高エネルギー加速器研究機構 佐伯学行准教授

「素粒子物理のシンボルは大加速器である。これがなくては素粒子の実験はできず、実験なしでは物理は進歩できない」。

これは2008年に小林誠博士、益川敏英博士とともにノーベル物理学賞を同時受賞した南部陽一郎博士の著書*での一節である。さらに南部博士は、宇宙の謎を解明するために「新しい素粒子や、未知の相互作用を探求するためには、加速器のエネルギーを高めてゆかなければならない」とも述べている。つまり、一つの加速器で実現可能な反応を調べ終えてしまうと、その加速器の役割は終わり、次に数段階上のエネルギーをもつ新たな加速器が必要となる。高エネルギー加速器研究機構(以下、KEK)は、まさに国際プロジェクトの一環として世界中の研究者が結集する新・加速器「国際リニアコライダー(ILC:International Liner Collider)」計画を主導している。今回の「視点」は、そのILCにスポットをあて、ILCの中枢機能の一つである加速空洞技術の第一人者である佐伯学行准教授に加速器や素粒子についてお話を伺った。

大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構(KEN)加速器研究施設 佐伯学行 准教授

*「クォーク 第2版」(南部陽一郎.著 1998年・講談社ブルーバックス刊)

(※この記事は、2017年7月発行の 広報誌No.67に掲載されたもので、内容は取材時のものです。)

日本は世界トップクラスの素粒子研究者を多く輩出

物理学は理論物理学と実験物理学に大別される。理論物理学は、文字通り、理論を基にして既知の実験事実や自然現象などを説明したり、あるいは未知の現象に対して数学的な仮定をベースとして物理を扱う学問のこと。日本では仁科芳雄、湯川秀樹、朝永振一郎などがその代表者である。
一方、実験物理学は、実験や観測を通して、自然現象・物理現象を理解あるいは理論物理学から導かれたことを証明する研究方法である。日本における実験物理学者には、2002年にニュートリノの観測に成功し、ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊らがあげられる。

加速器は良質の真空が不可欠。写真はアルバック製イオンポンプ

佐伯:小柴先生は日本の実験物理の分野を開かれた先駆者的存在です。先生がアメリカ留学から東京大学に戻ってこられ、ご自分の研究室を主宰した際に最初の研究員として入ってきたのが、折戸周治先生、山田作衛先生、戸塚洋二先生の3名でした。
早稲田大学から東京大学のマスターに移ったときの私の先生が折戸先生でした。ですから私は小柴先生の孫弟子にあたります。
私は子どもの頃、運動は普通にできた方ですが絵を描いたり考えることが好きでした。付いたあだ名は「お地蔵さん」(笑)。理科や算数は得意な方でした。当時サイエンスブームで授業や教科書よりももっと専門的な科学雑誌の方に興味がありました。ビッグバンなどを自分で調べて、夢想にふけっていました。大学は応用物理学科に入り、将来は研究者になると決めていました。
一般的には「夜空の星が何十万光年先で、それは過去のもの、宇宙はとんでもなく広いもの」だという。ところが小学生や幼稚園児は、「その先はどうなっているの」という疑問を持つ。大人はその先は答えられない。偉い先生でもわからない。これは自分で考えるしかない、と思ったのです。
1993年から95年までの博士課程のときでした。カナダで行われた宇宙線観測のための気球による観測器飛翔実験に参加しました。気球を30km上空のところまで上昇させ観測を行い、観測が終わったらロープを切り離し、観測器をパラシュートで地上に帰還させるという実験です。
われわれ研究者と一緒に回収部隊もいますが、車で行けない場合は軍用機をチャーターしたり、自らの足で野山を駆け回ります。最悪の場合は沼地を探し回ることもありました。実験物理屋の仕事は過酷なことを身をもって体験しました。本当に体力勝負、忍耐力がなければ務まりません(笑)。このときのプロジェクトリーダーは折戸先生でした。
日本の物理学界は、宇宙の謎を解明する素粒子分野で世界トップクラスの人材を多く輩出しています。このように私もその影響と恩恵を受けた研究者の一人です。

ノーベル賞物理学賞受賞に貢献するKEKの加速器

素粒子とは、物質を構成する最小の単位のことで、それ以上細かく分けられないものとされる。何をもって素粒子とするのかは時代とともに変化してきている。現在、素粒子研究は多くの場合、理論物理学者から導かれる理論を前提として、実験物理学者が実験で発見した事実により、理論が事実であることを証明する。こうして導き出された大発見はいずれも既成概念を大きく超える新たな科学文明の進歩へとつながるものである。

KEK提供資料を基に作成

佐伯:極微の世界ともいえる素粒子の研究には特殊な装置が必要です。たとえば、小柴先生が研究されたニュートリノという素粒子は、岐阜県神岡鉱山跡地の地下1000mにある「カミオカンデ」という観測装置で観測・研究されました。
また、梶田隆章先生は「カミオカンデ」よりも容積が15倍大きく、観測データが飛躍的に増大した「スーパーカミオカンデ」を使用してニュートリノの振動を発見し、ノーベル賞を受賞されました。この実験ではKEKの大強度陽子加速器J-PARCで人工的につくりだしたニュートリノを「スーパーカミオカンデ」へ照射し、ニュートリノ振動の観測に成功しました。
さらに、2008年にノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎先生と小林誠先生、益川敏英先生はいずれも理論の先生ですが、この「小林・益川理論」による新たなクォークという素粒子の存在の証明に貢献したのもKEKの加速器でした。
KEKは日本の加速器科学の総合的発展の拠点として、国内外の関連分野の研究者に対して研究の場を提供することを目的にさまざまな加速器を所有しています。
加速器の応用製品は身近に存在します。家電製品である電子レンジは加速器の高周波電磁場発生装置と同じ原理です。がん検査で利用されるPET診断装置、電子顕微鏡、滅菌装置、X 線診断機、放射線治療装置、非破壊検査機、少し古いのですがブラウン管テレビなど、意外と多いことに驚かされます。
加速器はわれわれ素粒子物理の研究者にとっては、必要不可欠な道具なのです。

 

KEKの歴史
ILC加速器の構成模式図(画像提供:KEK©REI.Hori)