精密切削加工技術 – 由紀精密訪問 vol.1

超高級機械式腕時計と由紀精密

当社の“ULVAC(アルバック)”という社名は、“Ultimate In Vacuum”(真空の極限を追求)からつくられた造語です。真空技術を極めることによって、産業に貢献することを事業の目的にしています。

このように、当社は“真空技術”を使ってさまざまな真空製品を開発する会社ですが、世の中にはさまざまな“技術を極める”ことによって、多くの産業が支えられています。そこでこのコーナーでは「Ultimate In “Technologies”」と題して、特異な技術で産業や暮らしに貢献している“技術”を紹介すると同時に、その技術を極めている企業も紹介していきます。

今回、V-Mag取材班は、「精密切削加工」という技術を駆使して、超精密部品製造の分野で大変注目を浴びている、神奈川県茅ヶ崎市に拠点を置く株式会社 由紀精密(社長:大坪正人氏)に伺い、レポートしてみました。

【超高級機械式腕時計と由紀精密】

Project tourbillon

取材対象に「株式会社由紀精密」を取り上げることになったきっかけは1冊の本との巡り会いでした。2015年発行の『ジャパン・メイド・トゥールビヨン』(発行:日刊工業新聞)という本題のものです。「超高級機械式腕時計に挑んだ日本のモノづくり」という副題が付けられています。

「トゥールビヨン(tourbillon)」とは、「永久カレンダー」「ミニッツリピーター」と並んで、機械式腕時計の世界で三大複雑機構機の一つ。これらの複雑な機構は部品点数が多いだけでなく、ほとんどの部品が手作りとなり、しかも超ド級の精密加工技術が要求されます。したがって、これらの機構を盛り込んだ腕時計は、超高級時計として数千万円の値段が付けられているほど。

2009年、この「トゥールビヨン」を取り入れた機械式腕時計の製作に、日本のモノづくりが挑みます。このプロジェクトは「Project Tourbillon」と命名され、設計は日本初の独立時計師である浅岡肇氏、専用工具製作はオーエスジー株式会社、そしてその工具を使って精密切削加工を担当したのが株式会社由紀精密でした。

我々取材班は、アルバックが“技術”を追求している会社であることもあって、“精密切削加工技術”に着目し、由紀精密という会社をさっそく調べました。なんと当社と同じ茅ヶ崎に本社を置く会社でした。そして茅ヶ崎市産業振興課の協力を得て、由紀精密の快諾をいただき同社を訪問することにしました。というのが、今回、由紀精密を取り上げることになった経緯です。同社に行ってみて目から鱗とはこのこと、驚くこと満載でした。

【参考】「Project Tourbillon」について

フランス語で“渦巻き”という意味を持つ「トゥールビヨン」。時計にとって時の狂いは致命的。その原因というのが、重力や姿勢差によってヒゲゼンマイが自らの重みでたわんでしまうことで生じる誤差、これを解消するための特殊な機構が「トゥールビヨン」です。紙面スペースの関係で、ここでは「トゥールビヨン」の詳しい説明は割愛させていただきます。

【出発は電気・電子関連の下請けネジメーカー】

創業当時の工場内

由紀精密の現在の社長は大坪正人氏、三代目の社長です。由紀精密は1950年の創業。大坪社長の祖父、大坪三郎氏によって大坪螺子製作所という社名で、電気・電子関連の下請けネジメーカーとして出発。日本の高度成長の波に乗り、同社は少品種・大量生産を表看板にして順風満帆、1991年まで右肩上がりで伸び続けます。

しかし1991年をピークに、バブル景気の崩壊と同時に、ネジなどの金属小物部品はセラミックスや樹脂材料などの低コスト・高性能化の影響をまともに受けて、受注は激減。さらに追い打ちをかけるようにして、2001年頃のITバブルの崩壊、円高の影響による大手電気・電子メーカーの海外シフトもあって、倒産の危機に。そこで待ったをかけたのが現社長の大坪正人社長でした。

1975年生まれの大坪正人社長は、東京大学在学中はナノレベルの加工技術を研究しており、その関係で就職は携帯電話の試作金型を製造する会社に籍を置きます。そこでは金型を自動で流すラインを開発し、2003年、それが「第1回ものづくり日本大賞・経済産業大臣賞」を受賞という栄誉に浴します。そして、2006年に会社建て直しのため同社を退社して、31歳のとき、2代続いた家業を継ぎ、2013年に第3代社長に就任します。

【大坪社長の英断で少量多品種に方向転換】

通常、大量に生産されるネジは、鍛造と転造を組み合わせた工程でつくられます。この方法の利点は材料を変形させてつくるために材料の無駄がなく、加工スピードも格段に速いことです。

一方、由紀精密のネジ製造は、創業当時より「切削加工」を表看板にしてきました。切削加工でつくられるネジは、材料の種類に制約がなく、寸法を細かく管理できるので、精度が高いネジがつくることができます。しかしデメリットは、量産コストが高くなるために大量生産には向かないことです。超高級機械式時計に使われるネジは、求められる精度と品質から切削加工によってつくられます。

精密さを売りにしていた由紀精密が生き残りにかけて挑んだのが航空宇宙分野でした。航空宇宙分野の品質マネジメント規格である「JIS Q 9100」を取得し、さまざまな航空宇宙関連の展示会へ出展することをきっかけにして、宇宙航空研究開発機構(JAXA)や大手航空機関連メーカーからの受注に成功。以来、その軸足を航空宇宙分野の精密切削加工に置き思い切った方向転換を図ったのです。

由紀精密は前述のように、創業当時から切削加工によるネジ製造を行っており、ネジ以外にもシャフト、ピン、ブッシュ、コネクターなどの小さな高精度な金属部品の製造を手がけてきました。その関係で精密時計部品をつくるために開発されたスイス型自動盤を初期の段階から導入しています。

由紀精密は、このスイス型自動盤を中心に、旋削加工だけでなく、微細加工が得意な高精度マシニングセンター、さらにはそれらの複合加工ができる工作機械を多数保有しています。「プロジェクトT」が始まる前までは、時計部品に関わる機会はありませんでしたが、高級機械式時計をつくるための設備と技術は十分整っていたわけです。

 

次回大坪社長にインタビュー、由紀精密の建て直しなどについてお話していただきました。

株式会社由紀精密のホームページはこちら

※この記事は、2017年7月に取材されたもので、内容は取材当時のものです。