量子ドット蛍光体の結晶成長と光電変換デバイスへの応用

1.はじめに

量子ドットは電子を3 次元的に閉じ込めて位置自由度を制限した量子状態と定義され,一般的に半導体ナノ結晶の形体をとる.結晶サイズを変化させると量子サイズ効果1)によりエネルギーギャップが変化することが報告され,さらに結晶サイズを半導体の励起子ボーア半径程度に制御すると量子閉じ込め効果によって励起子結合エネルギーが増大し,励起子の熱緩和が起きにくくなることが報告されている.さらに準位の離散化によって半導体中の電子の状態密度が制限されデルタ関数的な状態密度を取ることが報告されている2).そのため半導体量子ドットを蛍光体として用いた場合,同一の組成と結晶構造でありながら,その粒径の違いによって蛍光波長を変化させることができ,かつ離散化された準位間の遷移からなる半値幅が狭く鋭い蛍光スペクトルを得ることができる.
この予測のもと溶液中で結晶成長を行ったCdSe/ZnSコアシェル型半導体量子ドットではすでに発光半値幅<35 nm 以下,量子サイズ効果による青~赤色の発光波長遷移,蛍光量子収率90%以上の非常に高い蛍光量子収率が報告されており,溶液中での半導体結晶成長法でも非発光遷移の原因になる欠陥密度が少ない半導体ナノ結晶を得られることが示された3).しかし,組成にカドミウムが含まれており,RoHS2 に抵触することからカドミウムを含まず,発光特性と安定性に優れた代替材料が求められている.従来の液晶ディスプレ(LCD)で再現できる色域は色の三原色である青,緑,赤,各々の発光スペクトルのピーク波長と発光半値幅によって決まる.しかし,液晶ディスプレイの光源として使用される白色バックライトは青色発光ダイオードと緑,赤の蛍光体で構成されており,それらの蛍光体は比較的ブロードな蛍光スペクトルを持つ.

そのためカラーフィルターを用いて特定の波長の光のみを透過させることで白色光を青,緑,赤,に分割し表示させている.液晶ディスプレイの色の再現範囲を広げるためには,カラーフィルターの吸収波長領域を増やし,透過するスペクトルの半値幅をさらに狭くすることにより達成され得るが,光強度はその分低下する.よって再現色域の拡大と消費電力はトレードオフの関係にある.
その課題を解決するため,緑,赤の蛍光体の代替として半値幅が狭い蛍光を示す半導体量子ドットの使用が検討されており,アマゾン製のタブレット端末やサムスン電子製のディスプレイにも採用され始めた.今後は照明用の蛍光体の代替や直流発光型のデバイスへの応用が考えられており,市場の拡大が期待される.量子ドットの特性を制御するうえで重要な技術として大きく以下4 点が挙げられる.

(1)エピタキシャル結晶成長,積層技術
(2)粒径分布の狭小化技術
(3)配位子交換,分散制御技術
(4)担持,成膜技術

本稿では,上記4 点に関する当社開発例の報告と量子ドット蛍光体の特性の向上,量子ドット光電変換デバイスへの応用について報告する.

長久保準基*1・呉承俊*1・西橋勉*1・村上裕彦*1
*1 Future Technology Research Laboratory, ULVAC, Inc., 5-9-6 Tohkohdai, Tsukuba, Ibaraki, 300-2635, Japan

(※この記事は、2017年9月発行のテクニカルジャーナルMo.81に掲載されたもので、内容は取材時のものです。)

2.半導体量子ドット蛍光体の作製

2.1 半導体ナノ結晶の成長過程

半導体結晶成長技術の進歩により,300℃程度の低温にも関わらず半導体ナノ結晶のエピタキシャル成長ができることが報告され始めた.その結晶成長過程は有機金属錯体原料が非平衡的な分解によって結晶核が急速に生成した後,金属元素が対イオンや有機配位子と結合形成する過程が平衡状態の関係にあり,その平衡が傾くことで結晶が徐々に成長していくというモデルが提唱されている4).ゆえに従来の物理的な結晶成長よりも低温でより良質な結晶が成長できることが期待される.その結晶成長過程の中でより良質な結晶を得るためには金属の前駆体と対イオン前駆体の高純度化,原料選択とその反応予測,結晶成長雰囲気制御が求められる.当社は溶液の蒸留精製装置,半導体材料成膜装置の販売実績や金属ナノ粒子インク販売で培った分散技術を有しており,それらの技術を応用した半導体量子ドットの基礎合成プロセス開発を行っている.その開発の結果得られた量子ドット蛍光体の特性を報告する.

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文 献
1) A. P. Alivisatos: Science New Series, 271(1996)933-937.
2) Garnett W. Bryant: Phys. Rev. B, 37(1988)8763.
3) Ki-Heon Lee, Jeong-Hoon Lee, Woo-Seuk Song,Heejoo Ko, Changho Lee, Jong-Hyuk Lee, and Heesun Yang: ACS nano., 7(2013)7295.
4) Dickerson, Br yan Douglas: “Organometallic Synthesis Kinetics of CdSe Quantum Dots”, 3(2005)41.
5) Jian Chen, Yangai Liu, Lefu Mei, Haikun Liu,Minghao Fang, and Zhaohui Huang: ScientificReports, 5(2015)9673.
6) Naoto Hirosaki, Rong-Jun Xie, and Koji Kimoto,Takashi Sekiguchi, Yoshinobu Yamamoto, TakayukiSuehiro, and Mamoru Mitomo: Applied Physics Letters, 86(2005)211905.
7) Cheng-Hsien Yang, Kai-Hung Fang, Chun-Hung Chen and I-Wen Sun: Chem. Commun., 19(2004)2233.
8) Xianqing Piao, Ken-ichi Machida, Takashi Horikawa,Hiromasa Hanzawa, Yasuo Shimomura, and Naoto Kijima: Chem. Mater., 19(2007)4592.
9) Daniel Franke1, Dr. Daniel K. Harris1, Lisi Xie, Prof.Klavs F. Jensen, and Prof. Moungi G. Bawendi:Angew. Chem. Int. Ed., 54(2015)14299.
10) パナソニック株式会社,「プレスリリース:有機薄膜を用いたCMOS イメージセンサによる広ダイナミックレンジ化技術を開発」(2016 年2 月3 日)
http://news.panasonic.com/jp/press/data/2016/02/jn160203-3/jn160203-3.htm(l 最終検索日:2017 年 5月12 日)
11) W. Hörig, H. Neumann, H. Sobotta: Thin Solid Films,48(1978)67.

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