4K 冷凍機を使った無冷媒希釈冷凍機の共同開発

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1.はじめに

極低温冷凍機とその応用製品を製造販売していた岩谷瓦斯㈱低温機器部が2014 年5 月1 日にアルバック・クライオ㈱に譲渡・継承された.岩谷瓦斯㈱低温機器部は2006 年度から2013 年度まで無冷媒希釈冷凍機を大阪市立大学と共同開発した1)-5).2014 年度からは,新たな希釈冷凍機の開発を大阪市立大学とアルバック・クライオ㈱で進めている.これまでの開発経過について報告する.

(※この記事は、2015年6月発行のテクニカルジャーナルMo.79に掲載されたもので、内容は取材時のものです。)

天文学(宇宙構造)や微量元素分析,量子コンピューターなどの次世代機器,超伝導などの新規物質探索など様々な分野において“低温”が必要とされている.1 K以下の温度を実現する方法の一つが希釈冷凍機で,今日では1 K 以下から数10 mK までの低温を作り出せる希釈冷凍機が,次世代技術の開発に不可欠なものとなっている.
ヘリウムには原子量が4 の通常のヘリウム4 と原子量が3 で軽いヘリウム3 の二種類の同位体が存在する.ともに安定元素で放射性はないが,極低温での物性が全く異なる.希釈冷凍機は液体ヘリウム3 とヘリウム4 の物性の違いを利用した冷凍機である.
従来から,循環ヘリウム3 ガスの予冷に寒剤(液体窒素や液体ヘリウム4)を用いるウエット希釈冷凍機(従来型)で~2 mK,循環ヘリウム3 ガス予冷に機械的冷凍機(4 K パルス管冷凍機または4K-GM 冷凍機)を用いる無冷媒希釈冷凍機で~10 mK の最低到達温度が実現されている.
希釈冷凍機のメリットとしては,① 原理がシンプルなので構造が比較的簡単である②低温領域でも大きな冷凍能力を持つ③長期間(~数カ月)にわたる連続運転が可能である④磁界の影響をほとんど受けないなどが挙げられる.
希釈冷凍機があまり普及していない理由として,
① 最終の定常運転に至る過程がやや複雑で理解しにくい
② 操作バルブ数が多く,操作手順が複雑なため熟練者以外には扱いにくい
③さらには製品の価格が高い
などが挙げられる.
したがって,操作が簡単な無冷媒希釈冷凍機が実現し,かつ一般ユーザーでも使えるように運転の自動化が可能となれば,利用範囲の広がりが期待できる.

2. 希釈冷凍機の運転原理

Diagram
Figure 1 Conceptual diagram of a dilution refrigerator.

① 希釈冷凍機の概念図をFigure 1 に示す.液体ヘリウム3-4 混合液を0.8 K 以下にすると,ヘリウム3がほぼ100%のヘリウム3 濃厚相と約6%のヘリウム3 がヘリウム4 に溶け込んだ希薄相の二つに相分離する.ヘリウム3 濃厚相は軽いため希薄相の上部に浮く.
② 分溜室の温度を約0.5 K に設定すると,ここでは蒸気圧の違いからヘリウム3 のみが選択的に蒸発する(分溜).ヘリウム3 を分溜室で蒸発させると,希薄相のヘリウム3 に濃度差が生じ,分溜室と混合室間に浸透圧が働きヘリウム3 は上方に移動する.分溜室で蒸発したヘリウム3 を補うために,混合室で濃厚相中のヘリウム3 が希薄相中に溶け込む.
③ 濃厚相のヘリウム3 を希薄相に強制的にとけ込ませると冷凍が発生する.このプロセスが希釈であるため,希釈冷凍機と呼ばれている.ヘリウム4 は0.5 K 以下の温度では超流動となっており粘性がゼロである.希薄相中のヘリウム3 は超流動ヘリウム4 の中を自由に運動する「気体」と見なせる.一方濃厚相はヘリウム3 の相互作用が大きい「液体」状態と考えられる.希釈プロセスは「液体」状態のヘリウム3 が「蒸発」して「気体」になると見なせる.発生する冷凍能力は「蒸発潜熱」に相当する.
④ 分溜室で蒸発したヘリウム3 は外部の真空ポンプによって排気・圧縮されて,再びクライオスタットに戻される.その後,従来型の希釈冷凍機では減圧冷却したヘリウム4 でヘリウム3 ガスを1 K まで冷却し,液化する(予冷).液化されたヘリウム3 は,熱交換器を通過する過程でさらに冷却され混合室に戻る.
⑤ 以上のように,ヘリウム3 が循環することで,連続的に低温を生成するのが希釈冷凍機である.
希釈冷凍機は1 K から数mK まで連続的に低温が得られることから広く物性測定用として普及しているが,それ以外の分野への広がりはほとんどないのが現状である.その最大の問題は,装置が大型であること,液体ヘリウムを定期的に補充しなければならないこと,それにもまして操作手順が複雑で一般ユーザーでは扱えないことにある.
これらの問題点を一気に解決する方法として液体ヘリウムを用いる代りに機械的冷凍機を用いた無冷媒希釈冷凍機が登場した.

2. Cryo Diagram
Figure 2 Schematic diagram of a cr yogen-free dilution refrigerator.

3.無冷媒希釈冷凍

Figure 2 に無冷媒希釈冷凍機の模式図を示す.無冷媒希釈冷凍機では,循環ヘリウム3 ガスは機械式冷凍機(4K-GM 冷凍機または4K- パルス管冷凍機)により約3 K まで冷却された後,JT 弁によりJoule-Thomson 膨張して液化される.
無冷媒希釈冷凍機のメリットは:
① 運転方法が簡単(コンピューター制御による自動化も可能)なため,研究者の肉体的・精神的負担が軽減されると同時に,熟練者でなくても運転操作が容易である
②超小型化が可能
③ヘリウムを消費しない(ヘリウム資源問題)
一方でデメリットとしては,従来型希釈冷凍機と比べてその性能が劣る,機械式冷凍機による振動が乗ることなどが挙げられる.最低到達温度に関して,従来型希釈冷凍機は~2 mK まで冷えるのに対して,無冷媒希釈冷凍機では~10 mK 程度である(理由については5 参照).